ダイアロスの稀人として暮らせば、興を惹かれるものに出くわすことも多い。私にとってはそれが歴史であり、文化であり、風俗であり、食である。特にも最後のそれは私にとって大変に魅力的であり、こうして草の海を眺めつつ味わうビールもまたよいものだ。 とはいえ、ここエルビン山麓の村へは、何もただビールを飲むためだけに来たというわけではない。勿論のこと、フィールドワークのためだ。この手帖――昨日アルケィナにて購入したオルヴァン革装丁の良質なものだ。気に入っている――には、やはり価値ある現地の言葉というものを記したく思う。
しかし待て。筆が乗らない。もう一杯頼んでからにしようではないか。
さて。この渓谷に連なるエルビン山脈。そこにぽっかりと口を開いたスルト鉱山。その奥には、かつてレクスールに広く栄えたエルアン人の遺跡がある。火竜神殿と呼ばれるそこは、火山に眠る力を引き出し、利用していたという。
勿論のこと、エルアン人の技術や歴史というものに興味は尽きない。何しろ、彼らがいつ興り、ノア・ストーンの力を手にしたのか定かではないのだ。恐らくは手にしていたであろう、ということしか推測できない。いち好事家として、それらを知りたいと思うのは当然のことだ。
しかし、生憎とそちらの研究は私も所属するアルケィナという巨大な組織が主導して行っていることだし、実のところ私のような小者が個人で触れられる資料というのもそう多くはない。或いはまだ見ぬギルドランク5にでもなれば閲覧可能かもしれないが。
いずれにせよ、エルアン人の歴史と技術については追々語るとして、私が気になったのは遺跡そのものについてだ。
私のような冒険者として、もしくはアルケィナの門徒として、一度ならず訪れることもあろう火竜神殿には、およそ我々個人では及びもせぬ脅威が潜む。それらは前述した火山の力――火と地の大いなる力の象徴であり、かつてエルアンの賢王が制御して利用していたそれがくびきを外れ暴走したものであるとは、我々が力を結集して火竜、蛇の女、魁偉といった脅威を打ち倒した際に、管理者と思しき女性によって語られるところだ。 ヒスティアと名乗る彼女は、我らの行いを讃え、神殿に眠る宝物庫へと案内してくれる。ここで用いられる技術は我々が神秘魔法のテレポートと呼ぶそれに近い、恐らくは上位のそれで、現存する限りでは古代モラ族とエルアン人のみが成し得たものだろう。ここでもエルアン人の技術力の高さを思い知らされる。
そして、一度きり開けられる宝箱から報酬を得て――ピュアノアキューブであった。外れだ――宝物庫から再度転送をかけられた先が――エルビン渓谷の南部に位置する遺跡だ。
最早遺跡も残骸と呼ぶに相応しいその場所にぽつんと放り出され、ふと思う。はて、ここは本来どのような目的の場所であったのだろうか、と。
前置きこそ長くなったが、簡潔に言えば私の目的とはこのことだ。ダイアロスの各地に打ち捨てられた遺跡の用途を知りたい。知らずともよい、考察がしたい。好事家としての好奇心が抑えきれないのだ。今のところ公開の予定はないが、いずれこの手帖が埋まった折にはそれもよいだろう。同好の士は必ずや理解を示す筈だ。
さて、アルコールのせいか、筆が進むうちに遺跡へと到着したようだ。ここは蜘蛛が多い。好戦的な毒蜘蛛というのは厄介なもので、なるべく彼らの視界からは逃れたく、ちょっとした高台に登って俯瞰してみようではないか。 と――
……ふむ。日が悪いようだな。また改めて来ることにしよう。君子危うきに近寄らずというものだろうよ。