[カザヒシのメモ帳]
このメモには何でも書き留めろと先生は言った。 だとしたらまず、このメモを手に入れたところ……先生との出会いから書き留めておけばいいだろうか?
初めて先生に会った日は、雨が降っていた。 私はビスクの地下水路を走っていた。走ること自体は私の趣味のようなものだ。 雨の中を走る気にならない時は、広い地下の水路は都合がよかったから、時折そうしていた。
何度もゴーレムに睨まれはしても、足の遅いゴーレムが私に追い付く心配をする必要はなかった。 そうしていくつもの角を曲がり、何度目かの大きな扉を抜けてしばらく走った先に、その人はいた。 水路はあまり人がいないものだから、そこに人がいることに驚いてもおかしなことはないだろう。 私が驚いたのは、その人の見た目だ。
私に気づいて振りむいたその人の顔は、全く見えなかった 大きな鳥の嘴……のようなものがついた奇妙な仮面に、真っ白な白衣を纏っていた。
あやしい。第一印象で言えば間違いなくそうとしか思えない。 子供が見れば泣きだし、夜道で会えば悲鳴を上げてもおかしくないほどだ。 そんな人が地下水路の片隅で蹲っているのだから、あやしいと思わない方が無茶だ。 当の本人はすぐに興味をなくしたように背を向けて、足元の崩れたゴーレムに目をやった。
しばらくその人から目を離せなくなり、ついじっと見てしまった。 それでもその人が崩れたゴーレムを触ったり砕いたり眺めている行動の意味は、全く分からなかった。
若干の恐怖はあったが、私は好奇心に負けて話しかけた。 要するにその人は学者だそうで、ゴーレムの素材や寿命、魔力の作用などを調べていると。 私にはさっぱり理解できないようなことを言った後、少し笑ったような声でこう言った。
「難しく考えなくていいんですよ。 . 要するに私はただ、知らないことを知ろうとしているだけなのですから」
そう言われてみれば、確かに難しいことではないような気がする。 ふと思いついた瑣末なことでも、知らないとなると、なんとなく調べてしまう、という気持ちはわかる。 だからつい、こんな返事をした。
「すごく有意義で、面白そうですね」と。
なぜそう思ったのかを聞かれたので素直に答えた。知らないことを知るのは有意義だし楽しい。 走ることが趣味なのも、出かけた先で見たことのない景色を見ることができるからでもあった。
「ほう……走るのが好き、ですか。それは素晴らしい。健康にもいい。 . ……あなた、先程の話は、本当に面白いと思いますか? . あなた自身、こういったことに興味はありますか?」
丁寧で優しそうな口調と、その不気味な見た目と行動に戸惑いつつ、おかしなことを聞く人だと思った。
「え? ええ、好奇心を刺激されるというか……そういう研究、というのでしょうか? . 面白いと思いますけど……」
「……それならば、あなたがもしよければ、私のお手伝いをしていただく、というのはどうでしょう? . あなたに面白いものを見せてあげられるかもしれまんよ?」
はっきりとは覚えていないが、こんな話をした。 そして私は……今思い返しても不思議ではあるが、その話を詳しく聞くことにしたのだった。