[元銃弾販売員Ctanaの日記]
「バエル?」 むしゃむしゃとステーキを頬張っていた手を止めて、鍛冶屋さんは怪訝そうな顔をした。
「うん。バエル」 と向かいに座っている私。 この人は、以前私が銃弾を売っていたとき、私の売る弾を作ってくれていた鍛冶屋さんだ。 今は、私も居候しているこの家で一緒に暮らしている。
「バエルがどうして今の場所に生息してるかだって?」 そう訊ねる鍛冶屋さんに、私は持っていた地図を広げて印をつけた場所を指さして見せた。
「ここと、ここ。それからここと、ここ」 鍛冶屋さんは食事を再開して、また肉を頬張りながらふむふむとうなずく。
この人は、以前ずっと鍛冶屋をしていたからいまだに私は鍛冶屋さんと呼んでいるのだが、今はもう鍛冶をしていない。もっぱら鉱石掘りを専門にしている。 あちこちの山や洞窟、荒原や薄気味悪い地下にある墓場の奥深くで毎日つるはしを振るっている。いろんな場所にも詳しい人だ。
「それが、どうかしたの?」
「なんか、変じゃない?」
「変?なにが変なのよ? 」 私は、地図を指さしながら自分の考えていることを話し始めた。
昨日のアルケィナへの訪問は、空振りに終わっていた。 橋を渡って大聖堂へ向かい、入口右手に居た女性に話しかけた私に返ってきたのは
「ギルドに入りたかったらまた声をかけてね」 という明るい笑顔と明るい声だった。 つまり、部外者にこたえる言葉は持っていないということか…。
私は、どこのギルドにも所属していない。 魔法使いである賢者さんはアルケィナ、目の前に居る元鍛冶屋さんはグロムスミス。それぞれの人がそれぞれの人に合ったギルドに属しているが、この島に来てからずっと販売員を仕事にしていた私には所属するべきギルドはなかったからだ。 そして、いまさらどこかに所属するつもりもない。 アルケィナに入らないと何も教えてあげない。という意味のことを笑顔で告げる女性に背を向けて、私は昨日、早々に帰って来たのだ。
バエルたちは、イルヴァーナあるいはイルヴァーナに近い場所に住んでいる。 ベビーウォッチャーとスカイウォッチャーが生息しているのは、レクスール東部、そしてネオク高原と竜の墓場の境界辺り。どちらももうすぐそこはイルヴァーナという場所だ。 そして、イルヴァーナをはさんで両側には居るのに、中間のイルヴァーナにはこの2種のバエルは生息していない。辺境にある鉱山の中に、イルヴァーナ固有の2種が居るだけだ。 それから、ガープ。他のバエルたちとは離れた場所に居て他のとは違う物を持っているこの変わり種は、街のすぐそばになぜ居るのか。
「なるほど。確かにこの地図を眺めてると、イルヴァーナ南部の滝や東部の山岳地帯にもバエルが飛んでて良いように思えるね。ベビーとスカイの分布が真ん中だけすっぽり抜けてるようにも見える」
「でしょ?」
「ガープについては知らないなー。私はガープを見たこともない」 それはそうかもしれない。私だって今回の調査で初めてガープを見た。 ガープたちは普段通る道から少し離れた辺りに居るから、道を外れない限り彼らとは出くわさないのだ。おそらく、アルケィナと無縁の人はガープの存在すら知らないのではないだろうか。
「アルケが関係してるのなら賢者さんに訊けば良い」
「訊いたよ。でも知らないって。アルケィナまで行ってみたけど、何もわからなかった」
「そう。まあ、私にもわからないねガープのことは。他のバエルは…。んー、人の居る場所には居ない感じかな。イルヴァーナ東部にはエルガディンの反乱軍が居るし北部にはドワーフ南部にはオークが居る。ドワーフはともかく、オークを“人”と言って良いのかどうかはわからないけどね」 人の居る地域には居ないバエル、か。街のすぐそばに居るガープは、ますます異質だ。
「これがその、ガープが持ってる石」 私は、ポケットからガープの石を出して鍛冶屋さんに渡した。
「やけに重いね。これって重量どのくらいあるの?」 そういえばそうだ。 他のバエルが持っているフローティングパウダーは重量0.0。このガープの石は重量0.5もある。
「ふーん。バエルの仲間がこんな重いものをねー」 鍛冶屋さんはガープの石を持ちあげ、光に透かして眺めながらそうつぶやいていた。