[元銃弾販売員Ctanaの日記]
らせん状の坂を降りると、温度が急に高くなった。 ここから先は、真っ赤な鱗におおわれた火トカゲが居る地帯だ。 坑道の壁も赤く光り、竜岩石もここのは赤い。地底にある溶岩の熱が、このあたりまで上がってきているようだ。むわっとこもったような暑さに身体中がおおわれた。
火トカゲの襲撃にそなえて、怪物を召喚する。トカゲの吐く火で燃やされてしまわないように、呼び出した怪物に魔法をかける。火だけではなく、水や毒などにも強くなる魔法だ。 はりきって棍棒をぶんぶん振り回している鍛冶屋さんに、危ないから下がっていてねと言ってから、私は先に立って歩きだした。
このあたりの坑道は入り組んだ迷路になっている。薄暗いトンネルの角を曲がると、いきなり潜んでいた火トカゲが襲ってきたりしてとても危険だ。岩陰に身をひそめながらそろそろと進み、トカゲを見つけたら退治し、なにも居ない地帯は走り抜けた。
火トカゲの他に、ここには骨でできた剣士も居て、エルアンナイトという名で呼ばれている。こいつらは、朽ちた骸のように地面に転がっているのだけど、人が通ると起き上がって襲ってくる。なにも居ないと思っていると後ろから急に斬り付けられるのでとてもやっかいだ。 古代エルアン人の剣士が、朽ちてなお戦い続けているのかな。それとも、魔法か何かで創った、侵入者をしりぞけるための戦闘機械なのかも。
火トカゲと骨剣士を倒しながら進んで、最下層に着いた。 すぐ横を、真っ赤に光る溶岩がうねりながらゆっくり流れている。 最後の曲がり角を右に折れると、石造りの階段が見えた。 これが、火竜神殿だ。
十数段の石段と、石でできた門。 門の両側には、オレンジ色の火が灯されている。
門をくぐると、石を積み上げて作った壁と天井。そして石の床。門の両側にあったのと同じ灯火が、内部の数カ所にも燃えている。 中に入ると建物のようだけど、外から見た感じでは、建てたというより洞窟の壁面をくりぬいて作ったように見える。つまり、石段と門と壁と天井と床だけが存在して、建物の外側はないということ。内装をほどこしたほら穴といった感じだ。 火竜神殿という名前から立派な建物を想像していると、外側の無い地底神殿の姿を見て少し拍子抜けするかもしれない。
入ってすぐ行き止まりになっているように見えるこの神殿には、じつはまだ奥がある。 緑色と青の光が立ち昇る場所に立つと、そこから神殿の深部に移動することができる。
一瞬にして移動した先には祭壇があり、さっき外にあったのよりもずっと大きなオレンジ色の炎が燃えている。 真っ四角な祭壇室にはこれも真っ四角な出口があって、そこから部屋を出ると土をくりぬいて作った大きなドームに出る。 目の前には、数人並べるくらいの幅がある橋。その橋を渡ると円形の石畳があって、石畳のまわりは切り立った断崖になっている。崖の下では真っ赤な溶岩が対流していて、ここに落ちたらひとたまりもない。
丸い石畳のちょうど真ん中に、さっきここへ入るときにあったのと同じ光の柱がある。 そこまで歩いて行ってまわりを見回すと、東西南北4つの方角に今渡ってきたのと同じ橋があり、今出てきたのとよく似た祭壇室が見えた。
「なんにもないね」と私。
「なんにもないよ。ここは普段は静かななにもない場所だよ」と鍛冶屋さん。
4つある祭壇に供え物をすると、なにかが出てくるという話を聞いたことがあるけど、今はなにも居ない。ここは、祭壇とオレンジ色の炎があるだけの、他になにも無いただの洞穴だ。それぞれの祭壇を見て回ったけれど、特に変わったものは見つからない。
鍛冶屋さんの目的である竜石もたくさん集められたみたいだし、ここに居てもこれ以上見るものはない。そろそろ陽も落ちる時間なので、私たちは帰ることにした。
丸い石畳の中央にある光の柱に近づくと、このドームの外へ移動することができる。 一瞬にして移動した先は、洞窟内ではなく屋外だった。 まわりで草を食む牛たち。霧の中に光る滝。目の前に転がる大きな石の柱。 ここは、私が今朝居たエルビン渓谷南部の古代遺跡。遺跡のはずれにある石造りの床の上だ。
「どうしてここに出てくるのかもよくわからないのよね…」 私はそう言って腕を組み首をかしげた。
火竜神殿の奥にある光の柱に近づくと、どういうわけか、この古代遺跡のはずれに出てくる。 ここも、昔は神殿だったのだろうか。神殿から神殿に通路がつながっていたということなのかな。
「祭壇の火は燃え続けさせなければならない。消してはならない」 鍛冶屋さんが急にそう言ったので、私はそちらを見た。
「いや、ここは、研究施設でも製造工場でも図書館でもなくて、古代モラが作った神殿だったのかなと今思ったのよ」
「私も今、同じことを思ってた。ここにあったのは、古代モラ族の神殿だったのかなって。さっきまでいた火竜神殿は、もっとあとの時代にできたエルアン人の神殿。エルアン人が、ここにあった神殿と自分たちの神殿をつないでいたのかも」
「あるいは、エルアン人の文明には古代モラ族が関わっていて、あの火竜神殿とこことをむすんだのは古代モラ族なのかもね」 鍛冶屋さんはそう言うと、スルト鉱山の方を眺めながら言葉をついだ。
「ここにも祭壇はあったのかな。祭壇には、やっぱり火が燃えていたのかな。消してはならないはずの祭壇の火は、ここではもう消えてしまっているね」
鍛冶屋さんがなにを言いたいのか、そのとき私にはよくわからなかったけど、私は「うんそうだね」とただあいまいに頷いていた。