[賢者Herionの記憶] ( [元銃弾販売員Ctanaの日記] 番外編 )
私に残っている最初の記憶は、波の打ち寄せる砂浜だ。 そこに打ち上げられるよりも以前のことは、記憶の中に無い。海の中を漂っていたようにも思うのだが、あたりの様子もそのとき私が思っていたこともはっきりとは思い出せない。 ただ、うっすらと憶えているのはイルミナの声。それから、私がその声にうながされてこの島へ向かったのだということ。そして、嵐の中で船が沈んで、私が海の底深くに沈んでいったということ。
私が最初に憶えているこの砂浜は、ミーリム海岸にある小さな入り江だ。 あの場所がミーリムのどこだったのか、後になって探してみたけれど、それらしい場所は見つからなかった。
意識を取り戻して波打ち際に立ち上がると、目の前にたき火が見えた。冷え切った身体を温めてくれたのがとてもありがたかったことを鮮明に憶えている。 たき火の前に立っていたのはモラ族のヤーク。左手にある閉ざされた扉の前には長老のイーノスが居た。
扉の向こうには通路があって、弓なりに曲がった通路には八角形の小部屋が6つ並び、180度回ったあたりで行き止まりになっている。扉が閉ざされていて隙間からのぞくことしかできなかったから、あの小部屋が何なのか、行き止まりにある水辺がどうなっていたのかまではわからなかった。
崖に囲まれていてその入り江から出ることはできなかったが、北から南に向かって狭い隙間を抜けて入ってくる、隠れ家のような場所だった。入り江に入って西へ90度曲がると、そこが小さな砂浜になっている。
たき火の向こう、つまり西の方角には塔のようなものが見えた。その塔は、今ではとても見慣れた形をしている。あれは、アルターの先端部分だ。
私の知る限り、ミーリム海岸にアルターは無い。あの場所は、どこだったのだろう。西にアルターが見える北から入ってくる入り江。私の行くことができないミーリム海岸の沖合に、あの入り江はあるのだろうか。
あのとき、私はまだ男性だった。 海に沈んでいくときと同じ、嵐の中で死んでしまう前と同じ姿で海岸に横たわっていた。
イーノスがどうやって私を復活させたのかはわからない。海の底に沈んでしまった私の魂を拾い上げ、肉体に魂を戻し、元の姿で再生してくれたのは間違いがないのだが。 海に沈んだ身体を拾い上げたのか、身体を新しく作ったのかは私にはわからない。でも、姿は以前のままだった。
私は、今では、あのときとは違う姿になっている。以前とは違う種族、逆の性別。 これは、ホムンクルス人形と転生石を使って生まれ変わった身体だ。 私は今、コグニートの女性として暮らしている。
私の身体はホムンクルスだ。 転生石を使ってホムンクルス人形に魂を結び付け、ホムンクルスの身体と外から来た魂のハイブリッドとして生まれ変わった。以前とは違う種族、以前とは逆の性別の私として。
私はもう島へ来る前のニューターの男性ではない。 ダイアロスへ来る前には、私にももちろん家族がいて友人が居たのだろうけど、それはもう何ひとつ憶えていない。
私の身体は変わってしまった。もう、元の場所へ戻ったとしても、誰も私に気付くことはないだろう。そして、以前のことを憶えていない私は、私を知っている人たちに気づくことはできない。
あの海岸でヤークが最初に言った言葉 「・・・新しく生まれ変わった気分は、どう?」 というのは、こういう意味だったのかもしれない。もう以前のあなたは居ませんよという意味だったのだと、今の私には思える。
少し悲しくはある。だけど、かまわない。私は私だ。 この身体がどういうものであったとしても、私の魂は以前とかわらず私のままなのだから。
隣りで元販売員さんが早くしてくれと急かしている。このあと急ぎの用事があるのだそうだ。 この島へ来たときのことを思い出したりしたのは、霊体になった彼女の姿を見ていたからかも知れない。 私はいつものように魔法を唱える。彼女の魂が抜けて空っぽになった身体は、魔法で引き寄せられて私の足元に横たわった。蘇生の魔法を唱えると魂と身体が重なり合い、彼女はいつもの姿で蘇った。
あのとき、私もこうしてモラに蘇らせてもらったのだろうか。 気を失っていたので、記憶の中にはないのだけれど。
どうもありがとうと言いながらテレポートして行く元販売員さんを、私は笑顔で見送った。 これもまた私の記憶の1つになる。笑顔の記憶。それは、とてもうれしい記憶だ。
「私も帰ろうか」口に出して言ってから、テレポートを唱える。今の私にも帰る家がある。それが、なんだかとてもありがたかった。