[元銃弾販売員Ctanaの日記]
アルビーズの森は、昼間でも薄暗い場所だ。 濃い霧と空が見えないほど生い茂った木の枝にさえぎられて、陽の光もあまり届かない。
霧の中から現れて走り去っていく青い影はこの森に住むオルヴァンという竜族。青いウロコに包まれたこの竜族は、大きな後ろ足で走り回る。退化して小さくなった前脚は、脚というより羽根の名残のようだ。このオルヴァンたちには、昔は羽根があったのだろうか。
動き回る奇怪な巨木。ごそごそと這い寄ってくる草。人をひと飲みにしてしまえるほど巨大な花。この森には、危険で奇妙な生物が多い。
スプリガンというのは、この森に住む奇妙な生き物の1つで、森の西部に集落を作ってそこで暮らしている。人のような身体、老人のような顔。知能はあまり高そうではないけど、ちゃんと社会性を持っている亜人だ。手には木製のこん棒を持っていて、そのこん棒で殴りかかってくる。
どういうわけか、このスプリガンとオルヴァンは仲が良くないようで、森でこの2者が出会うと噛みついたり殴ったりの戦闘が始まる。今も、私と賢者さんが立っている大きな岩の下で、スプリガンたちとオルヴァンが喧嘩をしている。
「スプリガンというのは、妖精の名前なのよ」 霧の中で、賢者さんが話し始めた。
「古い遺跡がある場所に住んでいて、そこに埋められた財宝を守っていると言われているの。それから、そういう場所には妖精たちの国に入る入り口があると考えられていてね、その入り口を守る役目もしているらしいわ」
財宝と入り口? この森に、そんなものがあるんだろうか。この森には、遺跡らしき物もなかったように思う。
「もちろん、ここに居るスプリガンがそうなのかどうかはわからないわ。でも、スプリガンという名前の妖精は、そういう役目を持った妖精なの」 賢者さんの言いたいことがまだよくわからなくて、私はただ「なるほど」とだけ返事をした。
「この森は、少し他の場所とは違っているように思わない?」 と、賢者さん。
「ここほど生命が豊かな場所は、他にはないわ」 確かに。 ミーリムにもエルビンにもレクスールにもイルヴァーナにも、樹々はあるし動物も居る。だけど、この森ほどの密度ではない。この森の中に立っていると、まわりから生命の気配が押し寄せてくるのを感じる。
「私には、ここは、なにか特別な場所なのではないかと思えるのよ。他より豊かな生命に満ちているという以外にも、モラの村へ行くための通り道であり、墓地へ行くための通り道であるということもあるわ。ヌブールの村にもムトゥーム墓地にも、ここを通り抜けないと行けないでしょう?」
私は、頭の中に地図を思い浮かべてみた。アルターを使わずに移動しようとするとそうなる。この森を通らないとモラ族の村には行けないし墓地へ行くこともできない。
「この森が偶然生命の豊かな場所で、偶然近くに大きな墓地があって、偶然すぐそばに迫害されたモラ族が住んでいる。そんなことってあるかしら?」 もちろん偶然かもしれない。でも、偶然にしてはできすぎているように私にも思える。
「ムトゥームとアルビーズとヌブールは、ひとつの地域と考えてもいいくらい密接した狭い地域にありますね。むしろ、アルビーズの森の先に墓地と村を作ったと考えた方が自然かもしれない。この場所が特別な場所だから、その先に墓地と村が作られたと考えても良いような気はします」 私がそう言うと、賢者さんもうなづいた。
「では、この森はなんなのかということになるのだけど、妖精のスプリガンが守っているのは、異なる世界への入り口があったり埋められた財宝があったりする場所なのよね」 ここに、なにかが隠されているのだろうか。そう思いながらあたりを見回している私に、賢者さんは言った。
「ノア・ストーンは1つではなかったのよ。かつてはもっとたくさんのノア・ストーンが存在していた。そして、それはどこかにまだ隠されていても不思議ではない」
オルヴァンを退治したスプリガンは、川の方へ走り去っていった。 あれが本当にそんな大事な役目を持った生き物なのだろうか。私には、醜悪な亜人にしか見えないのだけれど。