[元銃弾販売員Ctanaの日記]
ラスレオ大聖堂は、ビスク中央広場から長い橋を渡った先にある石造りの立派な建物だ。 高くそびえる尖塔がいくつか並び、その上にある鐘が正午になると荘厳な音で時を知らせている。
聖堂の中には礼拝室があるのだけど、礼拝に訪れる人はあまり居ないようだ。 幅の広い階段を登って二階に上がると、その部屋はある。 広い部屋には長椅子が並び、正面には高くなった壇。かなりの人数が入れそうな立派な礼拝室だけど、今はガードと神官以外に人影はない。
この大聖堂は、アルケィナの本拠地だ。ギルド員なら度々訪れる場所なのだろうけど、アルケィナとは縁が無いので、私はほとんどここに来たことがない。 どこのギルドにも所属したことがないので、アルケィナとは無縁というよりギルドというものと無縁なのだけど、暗闇から魔物を呼び出して戦う私は、どちらかというとアルケィナよりも暗使に近い。そういう意味でもアルケィナとは縁遠いのだ。
アルケィナと縁のない私が、なぜ今日ここに来ているのかというと、賢者さんに聞いたエルアン人のことについて書かれた古文書を自分で読んでみようと思ったからだ。
それにしても、ここは、いつもこんなに人が少ないのかな。もしかしたら、今日はたまたま誰も居ないだけなのかもしれない。そう思いながら、礼拝室をあとにして図書室を探す。 それは、すぐに見つかった。礼拝室の真下が図書室になっていた。
二階に比べればこじんまりした空間に、本がずらりと並べられている。 図書室にも、人は少ない。アルターがある中央広場はいつも大勢の人で賑わっているけど、橋を渡ったこちら側はとても静かだ。 アルケィナの研究員らしいディディエルという人に訊くと、目的の古文書のことを教えてくれた。誰でも閲覧して良いということなので、借りて読んでみることにする。
この古文書は、ビスクがエルガディンとの12日間戦争で手に入れた物らしい。 古代モラ語やサスール語で書かれているということなので、元はエルガディンがサスールとの戦争で手に入れた物だろう。ノア・ストーンを奪ったときに、この古文書も手に入れた。それを今度はビスクがエルガディンから奪ったということ。 ノア・ストーンと一緒に、その制御方法を探る手掛かりになりそうな古文書も略奪者の手から手へ移り渡っているのだろう。
私にも読める言語に解読されたものを、いくつか読んでみた。 それによると、エルアン人を作ったのは古代モラ族のようだ。 エルアン人は、優れた魔力と知性を持っていて、中でも特に秀でている者は古代モラ族と共に世界を創造したと書いてある。
これは、すごいことだ。エルアン人というのは、私が思っていたよりすごい人たちだった。ネオク山でクノッペンさんから聞いた、“古代モラ族はホムンクルス技術を使って労働力を得ていた”という話から想像していたのとは少し違う。 単なる労働力だと思っていたけど、共に世界を創るためのパートナーという役割を持った人たちだったみたいだ。
古代モラ族が箱舟でダイアロスにやってきた。これが全ての始まり。 そして、モラは世界を創る前に(あるいは世界を創りながら?)エルアン人を作る。 エルアン人の中から秀でた能力を持っている者を選び出し、彼らと一緒に世界を創造する。
世界創造の前から居て、世界の創造にたずさわったエルアン人。 私は今まで、古代モラ族が世界を創り、その世界で様々な生産活動をさせるためにホムンクルスを作り、そのホムンクルスたちが後にエルアン人と呼ばれる人たちになった。と思っていた。 だけど、どうもそうじゃなかったようだ。エルアン人は世界ができる前から居て、モラと一緒に世界を創った人たちだった。
エルアン人とは現種族の起源、始まりと伝わる古代の民を表す 古文書には、そう書いてある。 全ての人は、エルアン人を起源に持つ。つまり、私もエルアン人の末裔の一人ということになる。 現種族の起源とはそういう意味だ。
ただし私が読んでいるのは、古代モラ語やサスールの言語で書かれた古文書。 ということは、サスールの人々にとっての“現種族”ということになる。 キ・カ大陸から渡ってきた人々まで含まれているのかどうかはわからない。
誰も居ない図書室で、私は古文書をテーブルの上に開いたまま大きく息をついた。 テーブルの上では、燭台に灯る炎が三つ、ゆらゆらと揺れていた。