[元銃弾販売員Ctanaの日記]
エルビン渓谷の北東部からは、曲がりくねった険しい道が山の中へと続いている。 サスールの人たちが住むエルビン山脈へと向かう道だ。
オーガが住むエルビン渓谷の村までサスールからやって来るのに使う道で、サスールの人たちは行商品を持ってオーガ村までこの道を降りてくる。
ビスクの街とオーガ村を商品を持って行き来する行商人は見かけるけど、サスール国とオーガ村を行き来する商人の姿を見たことは、私はまだない。
忍者の里でもあるサスールから来る商人は、姿を見せないでオーガ村までやって来るのかな。 彼らにとっては、商品を背中にかついだまま私たちに見られないように山道を駆け下り駆け上がっていくことなど、造作もないことなのかもしれない。
忍者というのは、信じられないような動きをする人たちだ。姿をくらますことにも長けている。 彼らの走る速さや跳ぶ高さは、私みたいな召喚士とは比べものにならない。
私がいつも青息吐息で登っていくエルビン山脈の山道には、途中に分かれ道がある。 分かれ道というか、勾配のきつい坂の途中に東へ向かう洞窟があるのだ。
この、山肌にぽっかり開いた穴は、ビスクの調査隊が固い岩盤を掘り進んで作ったものらしい。 高さは人の背丈の5倍くらい。幅も10人並んで歩けそうなくらい広い。 大勢で並んで通れるそのトンネルの中を、私たちはのんびりと歩いていた。
「それにしても、よくこんな大きな穴を掘ったよねー」 鍛冶屋さんの声が、洞窟の中で大きく響く。
「このくらい大きな穴でないと、いろんな物資を運ぶのに不便だからでしょうね」 賢者さんはあまり響かないように声量をひかえて喋っている。
私は、二人の後ろをついて歩きながら、きょろきょろとあたりを見回していた。 見回したって、土の壁以外のものが見えるわけではないのだけれど、私も鍛冶屋さん同様、こんな大きな穴を掘り進むなんてすごいなーと感心しながら見ていたのだ。
ビスクがこの穴を掘って東へ向かったわけは、洞窟を抜けたところにあるテントの前に居たグスタフさんが話してくれた。
ここはビスクの調査隊キャンプだ。
かつての世界の中心と言う話で 固い岩盤を掘り進んで来てみたものの 一面の砂、砂漠が拡がっていたというわけだ。
まあ、ある程度予測はしていたが ここまで酷いとはなあ。
サスールの代表とも話をしたが この現状までは教えてくれなかったな。
話を聞いている間も、風で飛ばされてきた砂粒が顔に当たる。 視界は悪く、低い丘に囲まれた入り江のような洞窟出口からは、向こうに広がっているらしい砂の海の様子は見通せない。
「砂の中に虫が潜んでいるから気をつけてね。飲み物は多目に持っていくこと。砂漠では喉が渇いたら命にかかわるから」 そう注意してから賢者さんがすたすたと歩きだす。 私も鍛冶屋さんも、この砂漠にはほとんど来たことがない。サスールには何度も足を運んでいる私だけど、洞窟を抜けてこちら側に来たのは、ずいぶん前にたった1度きりだ。
「世界の中心があるらしい」 賢者さんからそう聞くまでは、ここへ来ようなどと思ったことも無かった。
ビスクの街が中心だという感覚の私には、最果てのエルビン山脈のそのまたはずれにある洞窟を抜けた先に世界の中心があるなどというのは、考えもしなかったことだ。 今まで行こうとも思わなかった世界の端っこ。それが世界の中心だなんて。 いったい、どういうことなのだろう。
重い鎧を着込んでいる鍛冶屋さんが、砂に足をとられている。 大変そうだけど、街を散歩するような軽装で来るというわけにはいかない。 ここには危険な敵がたくさん居るらしいのだ。
「さて。気を引き締めてね。行きますよ」 魔力を目いっぱい引き上げて強化魔法をかけると、賢者さんは砂嵐の中を走り出す。
賢者さんの姿を見失わないように、私たちも全速力であとを追った。