[元銃弾販売員Ctanaの日記]
アルターを覆うドームは、屋根が崩れ落ちてしまっている。ぽっかり空いた穴から見えているのは、青い空と緑のまったく無い土色の山。ドームの外には生き物の気配が希薄な土と岩の世界がどこまでも続いている。 ここはネオク山。私が長いこと銃弾販売員として働いていた町だ。
壁に開いた穴を抜けて木材で補強されたトンネルを歩いて行くと銀行のある広場に出る。 広場の中央には大きな風車。ゆっくりと羽根を回している風車とつながっている建物には上部が無い。 その上部の無い建物の中にはこの国の王様が居て、この国のことについて色々と話をしてくれる。 王様が居る建物の向かい側に銀行があって、私はその銀行の前で銃弾を売っていたのだ。
販売員をやめてから、ここには1度も来たことがない。美容のための品物を置いている店もあるし芸能ギルドもあるのだけど、どちらも私には縁のないものだ。 ビスクから逃げてきたエルガディンの人々が暮らす町。生産者たちのギルドがあり、芸能ギルドと美容の店がある町。私が販売員として働いていた町。そして今の私には用のない町。 私がこのネオク山に来るのはずいぶん久しぶりだった。
ドラキアから攻めてきた軍勢に敗れ、ビスクの街を追われたエルガディンの人々が逃げ延びてきたこの場所は、500年前に5人の戦士が竜と友達になった場所らしい。 この5人の戦士たちは、5大英雄と呼ばれている。飛竜にまたがり空を飛び、争いの無い平和な世の中にするためにその圧倒的な強さを使ったらしい。つまり、戦ったわけだ。
圧倒的な強さでダイアロス島をまとめあげ、エルガディンの国を作った5大英雄たち。平和な世の中にするためにその圧倒的な強さを使って戦った人たち。他の勢力と戦い、打ち伏せ、取り込み、従わせ、また他の勢力と戦った人たち。 平和を願い、平和のために戦った英雄たちのおかげで、ダイアロスは平和になった。そしてエルガディンの人々は平和に暮らした。
ドラキアが攻めてくるまでは平和に暮らしていたと言うエルガディンの人たちだけど、この間行ったサスールの人たちの意見はたぶん少し違うのだろうなと思う。
サスールから見た場合のエルガディンはこうだ。
私たちが平和に暮らしていたダイアロスにやってきて抗争を続けていた豪族たちの中に飛竜を使う者たちが現れ、その圧倒的な強さで他の豪族たちをまとめあげた。そしてその5人が作ったエルガディンという国は、平和にするためだと私たちからノア・ストーンを奪い、このダイアロスを自分たちの物にした。
エルビン山脈の町に居る人たちにはこう見えているはずだ。 つまりそれは、ビスクとエルガディンとの関係にしても同じこと。 ノア・ストーンをめぐって、同じことが繰り返されているにすぎない。
久しぶりに見るネオク山の広場は、以前となにも変わっていなかった。 ときおり羽ばたく青い竜とそれにまたがった竜騎士たち。ビスクを憎みながら反撃のときを待つ王様とその家臣たち。誰かから奪い取った平和な暮らしを誰かに奪われたと憤る人々。自分たちが憎まれていることを棚に上げて誰かを憎んでいる人々。
私はこの町の人たちが嫌いだ。販売員をやめてから寄り付かなかったのも、ここにいる人たちが嫌いだったからなのだと思う。 長い間この町で働いていたけど、私はほとんど周りの人と話をしていない。久しぶりにここへやって来たのは、この間サスールの人たちにいろいろと話を聞いて、ネオク山でもいろいろ聞いてみようと思ったからだ。だけど、聞いて回っているうちにどんどん気が滅入ってきた。ここの人たちは、あいかわらずだ。仕方が無いのかもしれないけれど、口を開けば恨みつらみばかり。
もう切り上げて帰ろうかなと思っているとき、美容用品店で面白そうな話を聞いた。 エルビン渓谷の古代遺跡から古代モラの技術が記された古文書が発掘されたらしい。 ホムンクルスという人を創る技術の断片が記されているのだそうだ。