[元銃弾販売員Ctanaの日記]
アルターを降りると、私は薄暗い闇に包まれた。陽の光が届かない地面の下。松明の灯りもなく、あたりを照らしているのは赤紫に光る不思議な石の、ぼんやりとした輝きだけだ。 ここは、ムトゥーム地下墓地。ネクロマンサーを育てる暗使ギルドがあるマブ教の本拠地。
大きな階段を降りてさらに地下深くに進むと、奇怪なドクロの飾りがついた管が地面からいくつも突き出していて、その先端に灯る炎が人魂のようにずらりと並んでいる光景が見られる。
腐りかけた体のゾンビたちがうろつく、打ち捨てられた墓が並ぶおどろおどろしい場所だ。 盗掘されたのか、中からゾンビとなった者が這い出してきたのか、墓場には大きな穴がいたるところに口を開けている。
さらに下の階になると、壁に取り付けられたこれもドクロの飾りがある管の先から、同じような炎が立ち昇ってあたりを照らしている。 そこに居るのは盗掘者たち。そしてさらに下の階には死神たちが潜んでいる。
アルターのある一番上層の階にだけこの炎の灯りが無いのは不思議なのだけど、赤紫の光を発する奇妙な石のおかげで、おどろおどろしいなりにも多少神秘的な雰囲気になっている。 下層階のように人魂のような炎がずらっと並んでいたのでは、気味悪がって誰も寄り付かなくなるからこういう灯りにしてあるのかもしれない。
アルターがある部屋の隣り、地下墓地の北の端には奥まった部屋があり、階段を上がっていった突き当りには、奇妙なオブジェの両側で下層階にあるものよりもっと大きな炎が燃えていた。
マブ教の祭壇だ。 ドクロと蛇をあしらったマブ教のシンボル。そのすぐ手前に、私が今日ここを訪れた目的であるソウルバインダーは居た。
1万3000年前の世界に結び付けられた魂を、現代に結び直してもらう。 今日、私が普段は寄り付かない地下墓地に来たのは、そのためだった。 地下墓地を選んだのは、ここがソウルバインダーたちの所属するマブ教の総本山だからだ。
暗使に所属してはいないけれど、闇から魔物を呼び出して戦う私は、能力的にはネクロマンサーに近い。もしかしたら、この地下墓地の暗闇に潜んでいるのが似合いなのかもしれないけど、ここの陰気な雰囲気はどうにも好きになれないので、あまりここへ来ることは無い。
普段あまり来ないからこそ、この機会に話を聞いてみようと思って、私は今日ここにやってきた。 魂の復活場所をここに変えて欲しいと頼むと、そのアミというソウルバインダーは私の魂をこの地に結び付けてくれた。そしてこう言った。
「はい・・・あなたの魂が復活する場所を変えました。 またひとつ、我らの闇の力が強くなりました・・・
この力はいつか イーゴ(Igo)様 と共に 世界を大きく、揺るがすでしょう・・・」
「我ら」というのと、「イーゴ様と共に」というのが気になった。 つまり、私が魂の復活場所を変えたことによって得られた闇の力は、イーゴのために使われるということだろうか。 「我ら」というのは、「イーゴに忠誠を誓う我ら」ということのようだ。
地下墓地の各所にはガードたちが居て、一般人を監視している。 その中の一人が言ったことに、私は違和感を覚えた。
「この世に神なんて、いない。 信じられるのは、おのれの力のみ! 故郷を捨てた俺様は、マブ教に入信した。」
この世に神など居ないと言い切る彼が入信しているマブ教とはいったいなんなのか。 マブ神は、「神」ではないというのだろうか。
「この世に神が居るならば、俺様を滅ぼしてみよ!」
つまり、おのれの力こそが全て。神など戯言に過ぎないとこの人は言っている。 マブ神とは、いったいどういう神なのだろう。 マブ神とは、神なのかな・・・。もしかしたら、マブ神というのは神ではないのかも。
別のガードはこう言っていた。
「そして… この教団へ、返しがたい恩義を背負った。
イーゴ(Igo)様の命令ならば 目の前に居るお前を、ためろらいもせずに殺せる。」
さらに、彼の弟はこう言っていた。
「そして… マブ神とイーゴ様へ、返しがたい恩義を背負った。
イーゴ様の命令ならば 世界中の旅人を殺すことも厭わない。
全員みな殺しだ。」
彼らが信じているのは、マブ神ではないのかもしれない。
神など居ない。しかし、イーゴという人間は、確かに存在している。 彼らは、イーゴを信じているのではないだろうか。
ダイアロス各地に存在するソウルバインダー、彼らに魂の復活場所を変えてもらうたびに彼らが言う言葉。「これでまた闇の力が強まった」
私は、背筋に冷たいものを感じた。 私たちは、それと気づかず、イーゴに力を貸しているのかもしれない。
ソウルバインダーを利用することが、イーゴに力を与えることになる。 彼らが闇の力を集めているのは、イーゴのために使うためなのだから。
イーゴは実在する人物だ。そして彼は、神になろうとしている。 地下墓地の人々は、たわごとに過ぎない神など信じず、イーゴという実在する人物を信じている。
マブ神の正体はわからない。でも、この地下墓地の人々がよりどころとしているのは、マブ教という名のイーゴ崇拝ではないのかなという気がした。
神への絶望と、イーゴという人間への忠誠。 イーゴがもたらしてくれる、この忌まわしい世界の破壊。 この世界を破壊してくれるのなら、たとえそれが悪魔であってもかまわない。 地下墓地の人たちから伝わってきたのは、そういう投げやりとも言ってしまえそうな深い絶望だった。
私の傍らには、闇から呼び出した魔物が忠誠を誓ってかしずいている。 街から出るときには、いつも呼び出してそばに置いている魔物だ。
私は、闇の中でかしずく魔物を見つめた。 私に忠誠を誓ってくれるおぞましい姿の化け物。 この忠誠を、正しく使わなくてはならないなと、薄暗く冷たい石畳の上で、私はそう思っていた。