[元銃弾販売員Ctanaの日記]
レクスールは高低差が大きくて谷にも隔てられているので、いつ来ても迷子になってしまう。 ぼんやり景色を眺めている間に、賢者さんたちの姿は地形に隠れて見えなくなってしまった。
イプスのような見渡す限りの野原なら見失うこともないのだけど、ここは遠くまで見通せない山と谷だらけの土地だ。目印になるようなものがなくてどこも同じに見えてしまうので、自分が今どのあたりに居るのかもわかりにくい。目的地のだいたいの場所は聞いていたけれど、それがどちらの方角なのかわからなくなった。
困ったなーと思いながら立ち尽くしていると、私の居ないことに気づいた賢者さんが戻ってきてくれた。このレクスールではぐれたときは、その場所にじっとしていた方が良い。へたに歩き回るとお互いの位置がわからなくなって、いつまでもグルグルと探し続けることになってしまう。 賢者さんに連れられて小山の向こう側へ行くと、そこに他の三人が私を待ってくれていた。
自分の背丈よりも大きな弓を持ったエルモニーと、盾を携えたコグニートの魔法使い。もう1人は真っ赤なナイトの鎧を着込んで金色の靴を履いたニューターだ。三人とも私とは面識がない。 三人が待っていた場所から一段低くなったところには、木枠で補強された洞窟が口を開けていた。
「あれがヴァルグリンド。主神オーディンの宮殿ヴァルハラへの入口」 ナイトの鎧を着たニューターがぼそりと言う。 仮面を着けているので彼女の表情はわからない。
「もっとも、ここにはオーディンもヴァルキリーも居なくて、アマゾネスが居るだけ。オーディンの名前の由来は“狂った者の主”らしいから、それに近い者なら宮殿の中に居るけどね」 ナイトさんは続けてそう言うと、行こうかと皆をうながした。
アマゾネスの徘徊する巣穴の中を通り抜けると、いちばん奥に石造りの建物があった。 扉を開けて中に入ると、そこはかなりの広さがあるひとつの部屋になっている。高い天井、部屋を囲む石の壁。奥の方に八角形の台座があるだけで、ドアはどこにも見当たらない。 行き止まりなのかと思っていたら、その八角形の台座から宮殿の内部に入れるのだという。円柱形の光が立ち昇ってはいないけれど、スルトの火竜神殿にあったのと同じ仕組みの転送装置らしい。
台座の中央に描かれた模様の上に乗り宮殿の内部に転送されると、そこにはブドウの粒のような形の青くて丸い玉が浮かんでいた。大きさは、私の腕でちょうど一抱えくらい。少し扁平になった上部には、太陽のような模様と文字のようなものが刻まれている。帰りはこの青い玉から外部に転送されるのだそうだ。
「ここは、過去にエルアン人が作った宮殿。亜人による襲撃を受けたときに、エルアンの王様が時間を凍結させて封印したらしい」 きょろきょろと周りを見回している私に、ナイトさんが言う。
「攻め込んできた亜人ごと、この宮殿を時間の流れから切り離したみたい。つまり、この場所に亜人を閉じ込めたわけね。そうまでして世界に広がらないようにしなければならないほど、その亜人というのはおそろしい者たちだったということ」 話すナイトさんの背後には、見覚えのある骸が転がっている。 打ち捨てられた人骨、そう見えるけれどあれはただの骸ではない。 しばらく眺めていると、案の定むくむくと起き上がって歩き出した。手には大きな剣を持っている。エルアンナイトだ。
「このエントランスにはエルアンナイトがたくさんうろついてる。スルトに居るのと同じ物だね」 と、背後を振り向きながらナイトさん。
「やっぱりエルアン人の作った護衛なのかな。侵入者を排除するために配置されたモンスターのように、私には思えるのだけれど」 私がそう言うと、ナイトさんは同意とも否定ともつかない唸り声を出した。
「ムトゥーム墓地やミーリム海岸に居るホネとは少し違うみたいだけどね。でもまあ、魔界出身なのは間違いなさそう。あの姿でこの世の生物ということはないだろうから」 魔界から召喚して飼いならしたのかな。それとも、呪術によって作り出された怪物なのか・・・。 ぶつぶつと口の中でそう続けるナイトさんの隣りで、私も彼女と一緒に首をかしげた。
賢者さんたち三人は、エルアンナイトに魔法をかけてどんどん奥へと進んでいる。 スルト鉱山で鍛冶屋さんが毒トカゲに使っていた、知覚範囲を狭めるあの魔法だ。 離れるのは危険だろう。私たちはお喋りをやめて三人のあとを追った。