[元銃弾販売員Ctanaの日記]
私が普段狩りをするのは、エルビン渓谷とそれに近い場所が多い。 エルビン渓谷の西にある丘ではエルクという中型の鹿を狩る。これは肉を持ち帰ってローストミートを作るため。 そして、その丘からエイシスケイブに入り、暗い洞窟を抜けた先にあるタルタロッサパレス。ここでは、みさかいなしに襲ってくる鳥人たちから、矢の材料になる羽根を集めている。 どちらも、料理人や木工職人に売って、少しばかりのお金をもらっている。
エルビン渓谷の北端に入口があるスルト鉱山に入って狩りをすることもある。 ここに居るバジリスクという毒トカゲの肉は、毒があって食べることはできないのだけど、高く買い取ってくれる人が居るのだ。 山岳地帯に住んでいる大きな蜘蛛から糸を取って、服飾を仕事にしている人に売ることもある。 つまり、今の私の仕事は、材料の仕入れと卸しだ。 以前は販売員として働いていた私だけど、今は製品を作るための材料を仕入れてくる側にまわっている。
私は、たいてい一人で出かける。 相棒は、呼び出せば闇の中から現れる地獄に住む死神。そして、死体から作られた禍々しい姿の怪物だ。 化け物を召喚して戦う。それが今の私。 街に居るときは一人で歩いているけれど、街から出た私の隣りには常に呼び出された魔物が居る。ときどき、自分まで化け物じみてきていないかと心配になるくらいだ。
そんな私だが、今日は珍しく魔物以外の相棒が居た。
「そりゃまあ、鉱山に行くのは構わないし、案内もするけどね」 言いながら歩いているのは鍛冶屋さんだ。鎧を着こんで大きな棍棒と盾を持っている。 商売道具のツルハシは、今日は持っていない。
「一人でも平気なんじゃないの?どちらかというと、ボディーガードは私じゃなくてあんたのほうみたいな気がするよ。私は掘ること以外たいして役に立たないからね」
「それでいいわよ。私が欲しいのはボディーガードじゃなくて案内人だから」 ビスク東からレクスール門を抜けて、私たちはてくてく歩き続けている。目的地はイルヴァーナにある鉱山だ。
「まあ、たまにはあんたと二人で散歩もいいかもね。長い付き合いだけどなかなか一緒に歩く機会もない」
真っすぐ東へ向かえば早いのだが、少し寄り道して川へ行くことにした。 もちろん、そこに住んでいる空飛ぶ目玉を見るためだ。
「こいつら、見た目は全く一緒なんだよね」 川の向こう岸にふわふわ浮かんでいるベビーウォッチャーを目ざとく見つけて鍛冶屋さんが言う。
「違うのは、使う魔法だけ。姿かたちは全く一緒」
「そうね。見ただけではわからない」 そう返事をしながら、ほんとうに違う種類なんだろうかと思った。違う名前で呼んでいるだけで、同じ種族なんじゃないかというくらいよく似ている。むしろ全く同じと言ってしまっても差し支えはない。
今日は狩るのが目的ではないので、そのまま観察を続けた。 空の遥かな高みにもう1匹居る。あれはおそらくスカイウォッチャーのほうだ。その名の通り、この空飛ぶ目玉はかなり高空を飛ぶ。
「あんなに高いところだと、私の棍棒は届かないねー」 額に手をかざして見上げながら鍛冶屋さん。
「来る途中、レクスールに出てすぐに殴り倒してきたガープとは大違いだ。あいつらはすぐ手の届くくらい低いところを飛んでたよね」 見たことがないという鍛冶屋さんのために、ガープの生息地も回ってきている。なんだ、他のバエルと同じ姿じゃないのと言いながら、棍棒で叩き落としていた。他のとは違う姿のモンスターだと思っていたらしい。
「こいつら、全部同じ種類の生き物なんじゃないかしら?飛んでる高さも使う魔法も違うけど、それって私と鍛冶屋さんの違いみたいなものじゃないかな。あるいは、私と賢者さんとの違い」
「もしかしたらそうかもね。名前なんて、誰かが勝手につけただけなんだろうし」 空高く飛ぶからスカイウォッチャー。他のより弱いからベビー。単純といえば単純な命名だ。
「それにしても、ガープ(Gaap)とは変な名前をつけたもんだね」
「ん?ガープ?」
「うん。GAAP(Generally Accepted Accounting Principles)だとしたら、会計原則。好き勝手に会計処理をしないように決められた、こういうふうに利益とかを計算しなさいねっていう決まり事」
「利益の計算?」
「つまり、決算書を作るときの規則みたいなもんね」
「目玉の化け物が規則なの?」
「変な名前だね。なんでこんな名前をつけたんだろう」 バエル(Bael)というのは悪魔のことだけど、悪魔の1種で会計原則という名前というのはどういうことなんだろう。意味がよく理解できない。
「まあ、名前をつけた人には、その名前がふさわしいような何かが見えてたんだろうね」 そう言いながら空を見上げている鍛冶屋さんに、私は今日の目的を説明した。
「今日鍛冶屋さんに案内を頼んだのは、イルヴァーナの鉱山を案内してもらえば何かわかるかなと思ったからなの」
「何かって、何を調べるの?」 私は、なんとなく“バエル”が原種なのではないかと思っていた。 バエルが原種で、他の名前で呼ばれているのはそれから派生した種類。 分布図を見て、なんとなくイルヴァーナの鉱山から西と東に亜種が広がって行ったのかなと思っていたのだ。
「ふーん。なるほどね。まあ行くだけ行ってみようか。なにか見つかるかも知れない。ああ、GAAPに対してnon-GAAPっていう言葉もあるよ」
「ノンガープ?」
「うん。決まり事通りじゃなくて、勝手に作られた決算書ってことね」
「勝手に、作られた?」 悪魔が、なにを作るというんだろう。
「作るって、なにを作るのよ?」
「さあね。バエルに聞いてよ」 鍛冶屋さんはそう言って笑った。
「ガープの石とか?かな?」 ガープが鍛冶屋さんの言うように決まり事通りに何かを作っているんだとしたら、決まり事通りに作られたものは“ガープの石”。ガープでない、つまり“non-GAAP”である他のバエルたちが勝手に作っているのが“フローティングパウダー”。 そういうことになるのだろうか。
「規則通りに正しく作られているのは“ガープの石”?」
「名前をつけた人にとっては、そうだったのかも知れないね」
「正しいのはガープの石のほうで、ノンガープが勝手にフローティングパウダーを作っているということ?」
「かもね。あんたの言うようにバエルが原種で他のが亜種なのか、ガープが原種で他のが亜種なのかはわからないけど」 ガープが原種? それは考えたことがなかった。 正しい決算報告書を作るガープから勝手にフローティングパウダーを作る亜種が派生して、レクスールとイルヴァーナとネオクに広がったということか。
「まあ、行ってみようかね、鉱山へ」 鍛冶屋さんはそう言うと、川下へ向かって歩き始めた。 私も急いであとを追った。