[元銃弾販売員Ctanaの日記]
「彼の考えていることは、きっと彼にしか理解できないのでしょうね」 賢者さんはそう言うと、いつものように玄米茶をすすった。 私の前にはアイスコーヒー。場所はいつものオープンカフェのいつものテーブルだ。
3000年後のイプスから戻ったあと、私なりに考えてみたのだけれど答えは見つからない。 あんな場所で、たった一人で、イーゴはいったい何をしようとしているのだろう。
闇から続くカオスにも、上空に浮かぶ浮遊都市にも行かなかった。 行けば何かわかるかもしれなかったのだけど、私たち二人だけで行くのは危険すぎると鍛冶屋さんが言ったのだ。私の力量をよく知っている鍛冶屋さんが言うのだから、そこはきっと、とても危険な場所なのだろう。
現代のダイアロスなら、私が行けないほど危険な場所はない。闇の中から呼び出す魔物たちの助けがあれば、私はどこにだって行ける。鳥人の住む地の底であろうと、竜が飛び回る高い山の上であろうとお散歩できる。その私が行くのも危険なカオスエイジと浮遊都市バハには、いったい何があるのだろう。いつか見に行ってみたいな。帰りのアルターの上で雪と氷の世界を眺めながら、私はそう思っていた。
「イーゴに限らず、モラ族たちの考えていることは私たちにはちゃんと理解できていないのかもしれないわね。彼らは私たちとは全く違う種族だし、その歴史もとても古い。古代モラ族は箱舟に乗ってここにやってきたらしいけど、私たちは彼らの故郷についても全く知らないんだもの」 賢者さんはお茶を飲みながらそう続ける。
それは確かにそうだ。 スライムたちが私のことを理解できているかと訊かれたら、私も首をかしげるしかない。ただ、スライムと違って、私たちとモラ族は共通の言葉で会話できてはいるけれど。
「ところで、あなた前に、ホムンクルスとバエルのことを言ってたわよね」 と賢者さんが唐突に言う。
「戦闘用のホムンクルスがバエルの起源ではないのかなって言ってたことがある気がするけど」 私はうなづく。ただし、それはただの思いつきで、根拠となるものは何もない。 スルト鉱山に居るエルアンナイトがエルアン人たちの作った護衛だったとしたら、古代モラ族にもそういう者が居て良いのかなと思っただけだ。
「個々の戦闘力はたいしたことないかもしれないけど、バエルが群れになって飛びかかれば、確かにかなりの戦力になるでしょうね。高空を飛びながら魔法を撃つ者と、近づいて体当たりする者。数で圧倒すれば、たいていの敵なら倒せそうな気がするわ」 賢者さんは、そう言いながら身震いする。 十数体のバエルが一斉に魔法で攻撃してくる。逃げようと走り出すと、先回りしていたバエルが体当たりしてくる。 私は、空を覆いつくしたバエルの群れを想像してゾッとした。
「私もあちこち見て回ったのだけど、バエルの居るところには緑色の巨人が必ず居るわよね」 と賢者さん。
「レクスールの川のそば、イルヴァーナの鉱山、ネオク高原の竜の墓場。バエルが飛んでいるところには、ギガースが必ず居る。バエルの居ないところにはギガースは居ない」 言われてみると、確かにそうだ。 ギガースと呼ばれる緑の肌をした隻眼の巨人は、バエルと同じ場所に生息している。
「レクスールにある、ヴァルグリンドの巣穴には行ったことあるかしら?」 ヴァルグリンドというのは、初めて聞く地名だ。もちろんそこにある巣穴にも行ったことがない。 私がそう言うと、賢者さんは少し考えてから立ち上がった。
「二人だけで行くのは危険だから、応援を呼びましょう。巣穴の奥には、封印されたエルアン人の宮殿があるの」 つまり、これからそこへ行こうということらしい。 私と賢者さんの二人だけでは危険な場所。現代のダイアロスにも、私が一人で行けないほど危険な場所があったのだ。 怖さよりも、好奇心のほうが大きかった。私は、残っていたアイスコーヒーを飲み干すと、賢者さんのあとを追ってオープンカフェを出た。